2014年12月7日日曜日

白板・黒板・プロジェクタ

    僕が嫌いな教員の授業風景を覗いた。スライドをスクリーンに映して何かしゃべっている。学生さんは,そのスライドを印刷したメモを手元において,鉛筆も握らずに聞いている。これで学生さんの頭には何が残るのだろう。あぁー面白そうだなぁ。そんなことが計算できるんだぁ。で終わりだ。何のためにそういう研究や検討をするか,そこに用いる数学の何を理解すべきか,それをどう使うか・・・は全く頭の中には入ってない。また,スライドを印刷したメモを後で眺めても中身はわからない。しゃべったことをそこに記入していないからだ。また板書を書き写すこともしていないから,10 日もするとその授業のことは全く記憶から消えている。かつて,他学科の僕が嫌いな先生と一つだけ意見が合ったことがある。講義でスライドや OHP(もはや死語!)を使うべきではないということだった。いまどきの FD では,こういうことは誰も言わないんだろうなぁ。工学研究科長教育賞への応募書類の推薦理由にも,適切なスライドを適切な場面で多用することが書いてあったりする。「適切な」が,どういうことかはわからないが。
    実は僕が使っている建物が新しくなったときに講義室に導入された白板は横が 2 m くらいしかなかった。ははーん,みんな板書しないんだなぁ。黒板と白板の選択で多数決をして,黒板が負けた。ははーん,みんな板書しないんだなぁ。廊下側のガラス面のブラインドを上げることを提案して,かなり反対された。ははーん,みんな板書してないんだなぁ。これじゃぁ,学生さんは何も覚えられないね。