そうそう,マニュアルは火災のときの記述だ。再突入の記述がないのは当たり前か。訓練も毎回火災を念頭に置いていた。
2026年8月15日土曜日
避難訓練と現状
思い違いもあると思うが,少しだけ思いだした。2011 年,直後にはマニュアル通り玄関前に集合した。防寒具を着てカバンまで持っていたのは僕だけ。点呼をとるが,さっきまでいた学生はいなくなった。ワイシャツ一枚の先生もいて,一階の倉庫(玄関から 5m くらい)に誰かが突入して防寒シートを何枚が取り出してきた。ほぼ全員が 3 月の雪模様に薄着だ。30 分もすると道路は大渋滞。街にも降りられない,上がってこれない。発生直後に仙台駅に到着した同僚は,すぐだったこともあり,タクシーで大学に戻って来ることができた。観光に来ていたドライバから高速道路までの道を聞かれて説明したが,裏道は多分わからないから,渋滞に沿って普通の道を教えたが,どうやら高速は止まっていた。どうなったかはわからない。帰ろうにも薄着の同僚は動けない。迎えもこない,車も出せない。携帯は次第につながりにくくなっている。覚悟して再突入せざるを得ない状況だ。そういえば,マニュアルにも,再突入禁止の記述は無かったような気がするが,僕が忘れただけだろう。でも再突入しなければ帰れないわけだ。どうしたらいい。突入して車で渋滞を帰宅方向にたどったが,途中で自動車は通行止め。戻って大学に車を置いて,歩いて帰った。余震が続く中,カラスは通常通りのんびりと鳴いていた。
2026年8月3日月曜日
避難したあとに戻れの指示は論外だ
規定がどうであれ,事の重大性を理解できる大人なら,そういう指示は出せない。とんでもない指示だろう。
さて,2011 年の経験。本震直後に玄関前に避難した。津波の映像も携帯で確認した。余震のような震動も続いた。しかし,帰宅するには鍵や免許証が必要だ。戻りたいのが本音だ。結局,ほとんどが本人の意志で一旦は戻った。万一のときは覚悟の上だ。そして帰宅できた。今回のコメンテータには被災した本人の心はわからないだろうなぁと感じた。
被災後,半月くらいしてから部屋のサルベージをするかどうかの議論をした。教授一人を除いてやりたいというのが本音だった。5 月にもし講義が再開されたときの対応や,いまやっている研究のデータや,いろんな資料・ノートが無い状態を,半月くらい経験するだけでストレスが溜まる。結局,時間指定でのサルベージが許されて 2 回くらいで必要なものは確保できた。反対していた教授も来たことには腹が立った。何を考えているんだか・・・こういう先生は嫌いだ。
さて,2011 年の経験。本震直後に玄関前に避難した。津波の映像も携帯で確認した。余震のような震動も続いた。しかし,帰宅するには鍵や免許証が必要だ。戻りたいのが本音だ。結局,ほとんどが本人の意志で一旦は戻った。万一のときは覚悟の上だ。そして帰宅できた。今回のコメンテータには被災した本人の心はわからないだろうなぁと感じた。
被災後,半月くらいしてから部屋のサルベージをするかどうかの議論をした。教授一人を除いてやりたいというのが本音だった。5 月にもし講義が再開されたときの対応や,いまやっている研究のデータや,いろんな資料・ノートが無い状態を,半月くらい経験するだけでストレスが溜まる。結局,時間指定でのサルベージが許されて 2 回くらいで必要なものは確保できた。反対していた教授も来たことには腹が立った。何を考えているんだか・・・こういう先生は嫌いだ。
2026年6月30日火曜日
算数を数学に改名するのは混乱を招く
さて,何が混乱なのか新聞では明らかではない。「考える力を鍛える」ためには,僕のかつての同僚が言っていたように,まずは基礎を覚えないといけない。それを応用することは次の段階だし,応用するにはその基礎を拡げておかないと無理だし,応用先を想像する能力も必要になる。小学校教育や大学の最初の 1 年半くらいの教育がそれに当たるのではないか。
ところで,算数と数学に一貫性を持たせることは現状では不可能だ。例えば小学 2 年生の算数の掛け算には順序があり,「6人の子どもにあめを7こずつくばるとき,あめは何こいりますか」という問題の正解は「7x6=42」であり「6x7=42」は 0 点になるが,数学ではどちらも正解だ。また「3.9+4.1=8.0」も減点される。算数と数学の間には,倫理とか国語的な考え方とかが高い壁として存在しているらしい。
ところで,算数と数学に一貫性を持たせることは現状では不可能だ。例えば小学 2 年生の算数の掛け算には順序があり,「6人の子どもにあめを7こずつくばるとき,あめは何こいりますか」という問題の正解は「7x6=42」であり「6x7=42」は 0 点になるが,数学ではどちらも正解だ。また「3.9+4.1=8.0」も減点される。算数と数学の間には,倫理とか国語的な考え方とかが高い壁として存在しているらしい。
2026年6月26日金曜日
気象や地震の専門家はなぜ「わかりません」と答えないのか
ニュースのアンカーマンなどの素人が,あと一週間くらいどうこうとか,〇日前の地震との関係が不安ですとか,そういうことを言うのはある程度容認できる。というのも視聴者はもっと素人だし,身構えることは必要だからだ。でもね,アンカーマンが専門家にする質問の「あとどのくらい注意したらいいですか」「どのくらいの揺れが起きそうですか」「〇日前の地震との関係はありますか」には,本当の専門家なら「わかりません」と答えたらいいだけじゃないんだろうか。
2026年1月21日水曜日
大学評価の改善と公表
新聞によれば,7 年に一回の評価を 6 年ごとにした上で,評価を合否だけではなく 4 段階にして,学部別にするらしい。教育面に重点を置いて受験生が参考にでき,偏差値や知名度ではない観点からの大学選択のデータにするとのこと。問題は,これをどうやって高校生に周知するのか,また大学側の負担を減らす工夫はしないのか,ということだ。前者は SNN 等を文科省が有効利用したりすればなんとかできそうだが,後者は変わりが無いような記事になっている。なぜ THE の評価のように,大学側が準備する手間を少なくした評価ができないのだろう。研究成果ならきちんとした機関のデータで判別できるし,研究費は文科省が把握している。国際的な貢献も文科省は把握しているのではないだろうか。問題は教育環境だけだ。これは大学側が出すデータが果たして純粋なものなのかもわからないのではないか。かつて外部評価のときに教育環境を適切に判断できるデータを提出した記憶が無い。確かにカリキュラムなどについて評価委員長からいくつかの改善点を挙げられたが,それが正解というわけでもないと僕は当時感じていた。ま,少しずつ,偏差値という指標から本質的な大学評価へのアクセスがスムーズになってくれるのかな。
2026年1月20日火曜日
SPRING は日本人博士課程学生を増やすため
文科省や某機構は現状を本当に認識しているのだろうか。ポスドク問題の解決が無ければ,日本人修士はほとんど誰も博士課程後期課程への進学はしないだろう。出口を狭くしておいて,入口から入り易くすれば,どんどん出口に優秀な人材が溜まるだけなんだが。前にも書いたが,学問には本来は国境は無いのだが。
2025年11月17日月曜日
奨学金支給停止が GPA 下位 1/4
こういう制度を作っている人達は現状をどう把握しているのだろう。我々大学側の成績は絶対評価だ。しかし,相対評価で GPA 下位 1/4 の学生への支給を停止するという。全員が GPA>3 であっても,1/4 以下の学生は成績不良とみなすわけだ。米国大学の成績判定では,成績の一部は相対評価をするにもかかわらず,絶対評価だ。学生便覧には明確に「学位を得るためには毎学期末に GPA>2 でないといけない」と書いてある。さらに,再履修ができる日本の大学制度の中で GPA にどんな意味があるんだろう。
2025年11月15日土曜日
博士号取得者を 3 割も増やす
文科省有識者会議が,研究力向上のために提言したそうだが,今のポスドク問題はどう捉えた上での提言なんだろう。就職先の無い博士を 3 割もさらに増やそうという提言なんだが。しかも,相変わらず留学生には生活費の補助はしないらしい。あの SPRING の合格者比率でいえば,4 割は留学生だ。なぜ研究力向上のためにがんばっている留学生を日本人と差別するのか,全くわからない。まさか,国内で就職しなくても済むような留学生の博士号取得者を 3 割増やそうってわけじゃないよね。前にも書いたが,僕は米国の国の予算(NSF)と米軍・NASA とからボスが得た研究費から,生活費も授業料もいただいた。返済は,論文を数編出版しただけで終わっている。そういえば,博論のタイプライターさんへの経費も先生が負担してくださった。
2025年10月24日金曜日
「ちゃん」付けはハラスメント
非常勤だが仕事ができる若い女性が大学事務にいた。僕らの仲間では面と向かっても「ちゃん」付けで呼んでいたんだが。僕の退職のときのグループ内の宴会には同僚の策略でサプライズ参加してくれて花束もいただいた。仲間内の評価では,常勤の事務職員より頼りになる人だったんだが。ハラスメントかぁ。困ったねぇ。
2025年9月30日火曜日
文科省の事業における矛盾
米国人などならいいのか? という,意地悪なことを書いてみたい。米国「など」からの若手研究者や博士課程学生を 11 大学で受け入れて,人件費と研究費を国が払うらしい。中国人はダメだけど,米国「など」からの人材ならいいわけだ。
2025年8月1日金曜日
留学生への生活費支給無し
とうとう決まっちまった。その有識者の先生たちは本気なんだろうか。新聞記事では何らかの他の方法をと書いてあるが,いまだに大学の研究費から博士課程学生(日本人だろうと留学生だろうと)の生活費や授業料を賄うことすらできていない。特別研究員も狭き門のままだし。
2025年7月12日土曜日
あれ? 大学院博士課程留学生への生活費カット
あの有村治子参院議員と,党首(首相)の主張には矛盾があるんだが。なぜ?単なる選挙対策・票集めなのか?
文科省の判断は有識者の判断に基づいたものだそうだ。どういう判断だったのかなぁ。本当に米国などの事情を考慮しているんだろうか。誰に配分するかも,その有識者(別の人間だろうが)が審査したものだろうし。
文科省の判断は有識者の判断に基づいたものだそうだ。どういう判断だったのかなぁ。本当に米国などの事情を考慮しているんだろうか。誰に配分するかも,その有識者(別の人間だろうが)が審査したものだろうし。
2025年6月30日月曜日
留学生と共に実施した研究成果は留学生のものなのか
中島恵さんというエキスパート(Yahoo ニュースより)の価値観では,「博士課程への進学を促す目的」だった制度(暗黙のうちに「日本人学生の進学を促す」としている)の予算を留学生の特に中国人に給付することは怪しからんということらしい。しかし,その制度を継続しても日本人進学者は増えなかった。その改善策が留学生の締め出しなのか。そもそも日本人がもらえなかったのは,研究レベルの審査で留学生の実力よりも足りなかったからじゃないのか。日本人なら,たいした研究ではなくても配分しないといけないのか。また,日本人進学者数が増えない原因はそもそもそういう支援が少なかったからじゃないのではないか,別に原因があったんじゃないかという考え方はできないのだろうか。今回の文科省がやっていることは,トランプ大統領が何か誤解をして留学生を締め出そうとした(最終的にどうなるかはまだ見えないが,ほぼ元に戻りそうな勢いだ)のと同じにしか見えない。
さて,博士課程に留学生が 3 年間いて 3 編の研究論文を指導教員と一緒に出版した場合,その業績は,まずは指導教員のものと考えるのが我々大学人の常識なんだが,世間はそうは考えないのだろうか。不思議だ。その 3 編の成果を出すために,僅かな研究費は出すが生活費や授業料は自腹でやれというのが文科省の考え方だ。そう考えると,僕たちのように米国の NSF, NASA, 陸軍などの予算で毎年のように論文を出した結果 PhD の学位を得たり,共同研究者として米国の先生の予算で研究論文を出版できたのは,とても幸せだったと思わないといけない。米国の懐の広さに感謝。
さて,博士課程に留学生が 3 年間いて 3 編の研究論文を指導教員と一緒に出版した場合,その業績は,まずは指導教員のものと考えるのが我々大学人の常識なんだが,世間はそうは考えないのだろうか。不思議だ。その 3 編の成果を出すために,僅かな研究費は出すが生活費や授業料は自腹でやれというのが文科省の考え方だ。そう考えると,僕たちのように米国の NSF, NASA, 陸軍などの予算で毎年のように論文を出した結果 PhD の学位を得たり,共同研究者として米国の先生の予算で研究論文を出版できたのは,とても幸せだったと思わないといけない。米国の懐の広さに感謝。
2025年6月27日金曜日
海外の研究者への特別な研究費と留学生対応
米国の大統領とハーバード大との関係などがどうなるかわからないが,もしほぼ元に戻ったとしたら,米国大学の博士課程に留学したときに RA で受け入れてもらえれば,研究費はもちろん,授業料と生活費が,指導教員の研究費からもらえる。日本は一つ前に書いたように,留学生には生活費は渡さないから授業料も免除しないことになる。優秀な留学生なら日本ではなく米国を選ぶだろう。
また,大統領の考え方によっては,日本はいろんな大学が米国の研究者受け入れを宣言していたり,文科省も何か特別な研究費のことに言及していたが,そもそもその額は,米国にいられたら申請できる額にはほど遠いだろうし,日本の大学の研究費は(僕が知る限りは)学生の授業料と生活費の全額には当てられない。優れた研究者を米国からリクルートできても,その博士課程学生を支援する予算はほぼ無いに等しいのではないだろうか。しかも,日本の大学に来たら,入試業務・教授会・委員会・・・といった雑用がある。海外からの教授には,それは免除するのだろうか。こういうことには,いま議論の中にある学術会議の人たちとか,国大協とかは何も意見は出さないのだろうか。
また,大統領の考え方によっては,日本はいろんな大学が米国の研究者受け入れを宣言していたり,文科省も何か特別な研究費のことに言及していたが,そもそもその額は,米国にいられたら申請できる額にはほど遠いだろうし,日本の大学の研究費は(僕が知る限りは)学生の授業料と生活費の全額には当てられない。優れた研究者を米国からリクルートできても,その博士課程学生を支援する予算はほぼ無いに等しいのではないだろうか。しかも,日本の大学に来たら,入試業務・教授会・委員会・・・といった雑用がある。海外からの教授には,それは免除するのだろうか。こういうことには,いま議論の中にある学術会議の人たちとか,国大協とかは何も意見は出さないのだろうか。
博士課程学生支援と留学生
「次世代研究者挑戦的研究プログラム」の支援で,留学生には生活費を支給しないそうだ。対象学生のうち留学生が 40% だからだそうだ。だって日本人は博士課程には進学しないから仕方がないじゃないか。研究費と生活費(多分授業料に使える)をもらっても行かない修士学生は少なくないと思う。就職先が限定されるから。
大学院重点化して博士課程の定員を確保しようとしても,埋めているのは社会人と留学生だ。だから支援対象の 40% が留学生になるのは当たり前。結局,トランプさんが今後どうするかにも依るが,優秀な留学生は生活費がもらえる米国の大学院で RA になる選択をすることになり,米国の研究は進むが,日本は相変わらず停滞するだけだ。米国留学当時の留学生のほとんどは RA だった。そうじゃなきゃ留学なんてできなかったし。
大学院重点化して博士課程の定員を確保しようとしても,埋めているのは社会人と留学生だ。だから支援対象の 40% が留学生になるのは当たり前。結局,トランプさんが今後どうするかにも依るが,優秀な留学生は生活費がもらえる米国の大学院で RA になる選択をすることになり,米国の研究は進むが,日本は相変わらず停滞するだけだ。米国留学当時の留学生のほとんどは RA だった。そうじゃなきゃ留学なんてできなかったし。
2025年5月28日水曜日
ハーバード大の留学生受け入れ
東大・京大が受け入れるそうだ。うぅーむ。THE ランキングで東大よりも上位の米国大学は複数あるよね。僕なら,そっちに行きたいと思う。学部ならもちろんだ。大学院なら指導教員の研究分野によるが,もしハーバード大の指導教員が紹介してくれるならそこに行く。日本人留学生でも米国大学のどこかに行きたいと思うと想像するのだが。
2025年4月19日土曜日
博士課程後期 3 年の課程の学生支援
年間 290万円。科研費が 100万円だとすると,生活費月 15万円。これを留学生がもらうことに異議が出たらしい。朝〇新聞の記事を使うと,『3月の国会質疑で、有村治子参院議員(自民)が「国民生活が厳しさを増す中、日本の学生を支援する原則を明確に打ち出さなければ理解が得られない」と指摘』したそうだ。本当にそうか。学問には国境は無い。そもそも日本人の修士課程の学生が博士課程に進学しないのは,金だけが理由なのか。現場での印象では,最も進学を妨げているのは就職困難なこと。民間は博士を採用したがらない。30 歳に高い人件費を払って現場教育するより,22 歳に実施した方がはるかにコストパフォーマンスが高い。また大学や研究所には,増えた博士を採用する枠は増えていないから,ポスドク問題が顕著になったり,有期雇用の雇止め問題が生じている。有村女史はこれをどう考えているんだろう。それを踏まえると,優秀な留学生に研究成果を出してもらって(これは日本の指導教員の研究成果として評価される),学位取得後には帰国してもらった方がよほど合理的ではないだろうか。僕自身,米国の国の予算で学位をもらっていたし,当時は留学生が半分くらいはいた。留学先の研究費はすべて教員が負担し,個々の学生の生活費はおよそ 6 万円くらい。これは当時の日本の博士課程学生が生活できるレベルだ。そして当時の日本の大卒初任給が 10万円くらいに対して 60%。昨今の初任給は20万円くらいだから,15万円というのは充分過ぎるかもしれないし,研究費は指導教員も持っているから二重に支援していることにもなるが。
2024年9月17日火曜日
解雇規制見直し
というテーマが毎日テレビに出てくる。そこで出てくるのが「リスキリング」と「学びなおし」という言葉で,それに関連して出てくる言葉が「大学」だ。おっと!。30 歳以上の現場で仕事をしていた人が,大学に戻って何を学ぶんだろ。こういう言葉を出す人は東大等の大卒者だが,彼らが大学で学んだり触れたことで「スキル」がアップしたり,将来の仕事への「学びなおし」になるだろうと本気で思っているんだろうか。大学の教育内容と,現場で必要とされる実務的な知識との間には,大きな溝があると思うのだが。現場のことを何でも知っているおっちゃん達に大学で,講義をしたり,学術的には先端的な卒論の研究をやってもらうことができるんだろうか。
2024年8月25日日曜日
新しい共通テストの国語の問題と林先生の回答
8/24 夜の某番組だ。あれは国語の試験じゃなく,我々老人の認知症検査ではないのだろうか。林先生の解説は国語の問題の解き方ではなく,受験技術だったのがとても印象的だ。問題文を全部読む必要がなく,下線部分があてはまらない選択肢を消していくだけで3点がもらえる。こんな試験が大学で創造的な勉強をするための「基礎=共通」知識なんだろうか。
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