2010年9月25日土曜日

放校は無慈悲か

朝日新聞(9 月中旬)で,我が国の AO 入試等を批判するためもあってか,「高校と大学の間」と題して米国の入試の丁寧さと進学率の高さについての紹介記事があった。またぞろある一点のみを眺めて評論をしている記事だ。大学教育システム全体を見たものではない。雑な教育評論は楽だ。誰でもできる。政治経済が行き詰ると政治家やマスコミが教育に口を出し始めると言われているらしい。ただ AO 入試は,初期のころ始めて維持している東北大学工学部(当時は一校一人の校長推薦で,高校成績上位者で「かつ」学業以外に特筆すべきものがあり「かつ」大学および就職後の志望がしっかりしている生徒だけが対象だったはずだが)を含めた数校以外では破綻しているのは誰も(大学側も高校側も)が認めるところだ。しかし東北大学のも 4 種類中一つしか目標達成はできていない。あとは止めたらいいと思う。
さて,米国大学は入るのは易しいが出るのは難しいと言われる。わかり易いのは B-average (注*) だろう。1) ある学期の成績平均が B 未満つまり 80 点未満の学生には警告が出され,2) 次の学期も同じだと放校。このようなシステムがあるからこそ,入学選抜を丁寧ではあるが無試験で実施できるのでは? しかも,学期ごとに他大学に編入学できる。我が国の大学で「この単位取れないと退学!」等という発言は,アカデミック・ハラスメントとみなされかねない。おぉー怖っ! ただし,多分米国では放校になった学生を受け入れる教育組織があるのだろうが,よく知らない。
大学に高校から 50% 以上も進学する必要があるのだろうか。大学卒業は課長以上の候補になる人材ではなかろうか。高校への進学率の実態を知らないが,もっと高卒を大事にしたらどうだろう。大学で 4 年間遊ぶ(より広い知識に触れるという意味で)人より現場の技術に直に長く接することができる。実際に手を動かす技術を身につけられる。大卒は(ごく一部の研究者以外は)その理屈がわかって開発・管理・運営・営業ができればいいのではないだろうか。
(注*) A >= 90, B>=80, C>=70, D>=60 としたとして。ただし,大学院の学位を取る場合にのみ B-average があるという情報もある。大学院では D は付けない大学もあって,学期当たり 4 科目履修くらいだとして C を一科目でも取るとちょっと不安。