2020年1月20日月曜日
「全国学生調査」の公表とランク付け
既に,あのしょぉーもない偏差値でランクが付けられてしまっている大学の本当の姿の一端を見せるためにも,公表した方がいいのではないだろうか,と思う。さらに公表した方がいいのは,センター入試成績(偏差値)と二次試験成績の相関の無さ。さらに偏差値・二次試験成績と卒業時の成績の相関の無さ。この二つをさらに代表的な大学で公表した方が,高校生の誤解を解くためにはいいのではないかとも思うが。
2020年1月13日月曜日
2020年1月5日日曜日
英語の日本語化には時間が必要
食事の準備をしていたところで親父の某国営放送が流れていた。すると突然の番組紹介で「この番組はドキュメント・バラエティ」!? 何それ? ドキュメンタリーじゃないとすると・・・意味がわからない。ま,普段は観ないチャンネルだからいいかぁー。
2019年12月24日火曜日
教学マネジメント指針
中央教育審議会が「教学マネジメント指針」の案を出したらしい。
- 各教員が教えたい授業科目を並べるのではなく,体系的に教える
- これは数年前からカリキュラム・ポリシーとディプロマ・ポリシーを公開しているし,もちろん僕がいた学科でも何年もかけてカリキュラムの中身と順番は検討している。いまさらという案だ。審議会は現場を知らないのかもしれない。
- 大学の教育による学生の成長(学修成果)を把握し,学内外の人が確認できるようにする
- 何のため? 学生の履修状況を把握しているからこそ指導ができている。だからといって某大学がやっていたような達成度試験をわざわざする必要性を感じない。大学は学びたいことを学ぶ場であって,提供した講義内容の完全な理解度を全学生に強いる場ではない。しかもそれを学外に公表することに何の意味があるのか。多分,教員の教育能力が低いとでも言いたいのだろう。大学教員は教職資格は持っていない。学ぶのは学生の責任だ。
- 大学が学生の育成のために進める取り組みなどの情報を積極的に社会に公表する
- 学生を育成しているわけではない。学生が勉強をしているのである。しかもそれを学外に公表する必要も無いだろう。
- 学生一人一人の学修成果や大学が進める教育や活動などの情報を積極的に社会に公表する
- なぜ公表。ま,それもいいかな。どれだけの学生が留年しているかということを社会には公表した方がいいかもしれない。
2019年12月23日月曜日
漫才
昨年同様,全部を見たわけではないが,なぜ聴衆が笑っているのかが全くわからないのは世代ギャップか。でもこれ,ラジオでやって笑える人は半減しないだろうか。どぉーでもいいことではありますが。大助・花子とは比べものにならないような。
2019年12月20日金曜日
2019年12月16日月曜日
政治が行き詰まると教育論が増加
というのが通説だが,その教育論もまともならいい。しかし某大臣の過去の「使える英語力を高めるため、大学入試でのTOEFLなどの活用も飛躍的に拡大したい」といった発言を見るに,ほぼ完全に勘違いしていることがわかる。「使える英語」は大事だが,しょせん外国語だ。学者・研究者を除けば,ほぼ 100%が英語を必須とした仕事や生活はしていない。その国立大学ですら事務職員は英語を一切使えない。留学生からの英語の質問に日本語でしか回答しないのが現状だ。その某大臣の所管省の下部組織からしてそうなっている。
「英語力を高めるため、大学入試」も明らかにおかしい。現在大学進学率は 5 割くらいなんだったかだが,国民の 5 割だけが英語力を高めればいいのか。大学進学しない高校生も含めて,高校卒業するときの英語能力達成度目標に対して初等・中等教育をどうするかという議論なら理解できるが,なぜそこに大学入試というものが介入しなければならないのか。前にも書いたが,高校生の学習達成度全般の能力と,大学の入試で測るべき能力とは一対一には対応していないし,する必要も無い。
で「入試で TOEFL など」とはどういう論理の流れなのか。高校 1 年生あるいは中学 1 年制から毎年,大学でもやっているように高校校舎内で無料の TOEFL を実施することを政府が支援する,という論理なら理解できる。某役所の大臣は非論理的であっていいことを示したいい例だ。
「英語力を高めるため、大学入試」も明らかにおかしい。現在大学進学率は 5 割くらいなんだったかだが,国民の 5 割だけが英語力を高めればいいのか。大学進学しない高校生も含めて,高校卒業するときの英語能力達成度目標に対して初等・中等教育をどうするかという議論なら理解できるが,なぜそこに大学入試というものが介入しなければならないのか。前にも書いたが,高校生の学習達成度全般の能力と,大学の入試で測るべき能力とは一対一には対応していないし,する必要も無い。
で「入試で TOEFL など」とはどういう論理の流れなのか。高校 1 年生あるいは中学 1 年制から毎年,大学でもやっているように高校校舎内で無料の TOEFL を実施することを政府が支援する,という論理なら理解できる。某役所の大臣は非論理的であっていいことを示したいい例だ。
2019年12月13日金曜日
2019年12月10日火曜日
ドアノック回数
変なポストを見つけた。国際的にビジネスの標準マナーは 4 回らしい。そいういうシーンを米国映画で観たことはなかった。2 回はトイレだそうだが,米国のトイレは空いているときはドアは開いたままだからノックの必要は無い。3 回が友人相手。フーン。日本のビジネスシーンではそういうことらしい。TV の米国ドラマや映画を観ていて,上司の部屋をノックするときでも 2 回という印象がある。さっき観ていた映画で警察が容疑者の部屋をノックするのは 4 回だ。容疑者にもマナーを守るわけだ。どこまでが本当なんだろう。どんな場合でも 2 回で問題は生じないという印象なんだが。日本のビジネスマナーとか受験生への面接マナーだとか,しょうもない嘘か,あるいはごく限られた環境の取り決めが流れているんじゃないだろうか。
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