なんで LINE の設定。しかも LINE でこんなに詳細を書いたりしないだろう。まずもってわざわざ dormitory の roommate と書く必要は無い。単に roommate でいい。しかも,受験している人への LINE 送信を想定しているが,画像からはそうは見えない。無理のある変な設定。受験生に迎合しているだけか?
最初の通信も表現が硬い(本当にネィティブ Julie はこんな英語を使うだろうか)し,冗長だ。多分実際には(ま,大文字・小文字もそんなにちゃんと書かないとは思うが)
Julie: Hi! Could you check my desk? I forgot to bring USB. I need it before the class.
You: No USB. Where did you leave it?
Julie: On the history book, I think.
You: No, cannot find it. Are you sure you dont have it? Just in case, I can bring your laptop, though.
Julie: Oh! Thanks! I found it in my bag. I will buy you lunch.
2021年1月14日木曜日
非科学的な政府
科学とは予測することと同義だという記述に賛同しているのだが,現状を数値化しただけで宣言を出す・出さないを決め,仮定のことには応えないというのは,科学的手法を知らない小学生と同じ行動でしかない。何のために専門家(経済学も科学だ!)の集団に相談しているんだろう。都合の悪いことをしないための言い訳に使われているだけのようにも見える。将来予測ができない政府の元で,日本の社会の将来は大丈夫なんだろうか。
2021年1月13日水曜日
2021年1月12日火曜日
一生に一度
でも,不幸が起きない限り誰もが 20 歳にはなる。親の過半数は大学学費も負担している。僕もそうだった。感謝すべきであろうが,別に成人式の機会である必要は全く無い。誕生日と成人の日も全く関係がない。「本当の友人」だけで集まってお茶すればいいだけだろう(コロナ禍なら)。最近は 10 歳でもやるらしい。これに対し,長生きになったからだろうか,還暦や米寿のお祝いなんてのはあまりやってないような印象もある。七五三のように晴着を着たいのだろうか。大学生なら卒業式にもまた着る。年賀状・暑中見舞い・バレンタインディ・ホワイトディ・成人式,どこかが儲かるためにやっているようにも見えるなぁ。呵呵
2021年1月9日土曜日
若者はテレビを観ない
なら,SNS っちゅうんですか? つぶやきとか動画静止画投稿サイトなどにアクセスすると,ポップアップに 2 行以内の大文字の警告を表示し,わざとスクロールしてクリックしないと消えないようにするという協力をしてもらうってのはどうでしょうねぇ。イライラするでしょうねぇ。10 人に二人くらいには効果ありませんかねぇ。
2021年1月8日金曜日
短縮語・日本語・カタカナ語
外資系社員が街頭インタビューで発言「今日はアポイントが・・・」トホホだなぁ。あと「メント」だけだ。英語的に言えば 1 音節くらいか。昨日も TV で気づいた言葉は忘れたが,6 文字くらいのカタカナ語を 4 文字にする。あと 2 文字だ。
2020年12月24日木曜日
驚きの Stay w/ Community
どこかの大学の先生のご提案らしいが,どうやらその community という概念には,学校の親友や職場の同僚が含まれる。なら全く意味が無いし,今問題になっている会食を否定するものでもないのだ。あの会食は Stay w/ Community だったわけだから。1個人が一つの community にしか所属していないと考える前提がそもそも間違いだ。職場の community,ストレス発散の community,近所付き合いの community。すると・・・感染は今まで通りに拡がるだけじゃないですかねぇ。
2020年12月13日日曜日
国際学力調査
「勉強すると日常生活に役立つ」教育が必要だそうだ。学科の外部評価のとき,学問の基礎を必修で教えていることに,ある大学教授の外部評価委員から疑問が呈された。スポーツでも体力増強ばっかりするよりも,まずは楽しく試合をすることからの方が個々人の能力は上がるとの指摘だった。それはそうなんだが,その能力を伸ばすのに体力が必須なのも間違いではない。小学校の算数や理科レベルだと日常生活との関係を実感することは可能だが,それだけではダメだろう。最近,相反する二つのことを同時に実行することよりも,片方だけを重視する組織や人・考え方が多いような気がする。身の回りで起こっている事柄も,どちらかを選ばなければならない状況になり易いことがとても多い。そのとき片方だけを捨てろという教育になっていないだろうか。
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