2016年3月27日日曜日

千年に一度あるかどうかわからないくらいの災害

    自宅前のアパートの庭で傷害事件が起こった。そんな経験は,平均的な国民一人が生涯で一度くらいは経験するのだろうか。ま,滅多にそんなことは無いだろう。5 年前の津波と同じくらいの頻度ではないのか。で,そのアパートの所有者は,そんな人に部屋を貸した責任を問われるのだろうか。怪我をした人は,そのアパート所有者を告発できるのだろうか。うぅーむ,僕は何を言いたいのだろう。
    さて,専門家も驚愕したほどの津波被災の建物をお金をかけて保存するという。当該市民への保存・撤去アンケートでは半々だった。その建物については訴訟も起こっている。どうして当該市民だけにアンケートするんだろう。例えば,将来の津波が危惧されているが,現場から遠く離れた県民に「あなたの県も税金からの一部負担をしてでも,この千年に一度起こるか起こらないかの天災(広島のような戦争による人災ではない!)による遠隔地の被災建造物を保存し続けますか。あるいは,保存されたとして,この施設をどのくらいの頻度で訪れますか。」というアンケートをとるべきではなかったのだろうか。

2016年3月26日土曜日

学外行事への参加の届出制@高校

    うぅーむ。選挙活動を届出る必要があるということで,ちょっと変に思った。それは選挙活動ではないキャンプ等の学外活動がこれまでも届出制になっていたことにである。
    下校したあと(あるいは一旦自宅に立ち寄ったあと)と,朝起床して学校に出かけるために自宅の玄関を出る前(あるいは高校の敷地に入る前)とに,生徒は何をしてもそれは親が責任を取るべき行動なのではないのか。僕が高校生のとき週末に出かけるときも制服を着たような記憶があるが,それは回りが高校生だと認識できるようにするためだと(屁理屈を)言われたような気がする。だからその外出の責任はすべて親が取っていたと思うのだが。
    それを届出制にするということは,その高校校長は,下校後の行動にも責任を取るということを宣言したことになるのではないか。本当にそれでいいなら,親はちょっと楽になるぞ。何かあったときには校長に対して大騒ぎができるってわけだ。しかし,私的なキャンプで怪我したときに本当にその校長は責任を取ってくれるのか。疑問だ。罰則の無い届出だから云々と屁理屈をこねていたが,生徒が何をしているかを把握したということは,その行動への責任の一端を校長も担うことになると思う。それでいいのか。それがいいのか。よくわからん。本当に把握したいのか。把握して指導したいというのだろうか。その政党を支持してはいけないとか・・・

2016年3月19日土曜日

大学に行きたくない学生さん

    学生さんだけじゃない。僕らも大学に行きたくない朝はある。結構ある! 広義のウツと診断されることがある。しかし,ウツなら病気だから薬を飲めば治る。尊敬する大先生も複数年続いたウツをちゃんと治しておられる。しかも二度もだ。学生さんにもいたが,見事に半年で復活し,1 年遅れで大学院修士を修了した。彼女の大学院時代の姿は,つなぎを着てのコンクリート練りだった。本当に元気に復活した。
    しかし最近,親御さんとの三者面談を必要とする学生さんの場合の不登校の理由は理解がほぼ不可能だ。どこに原因があるのか。僕ら側なら簡単だ。直せばいい。学生さんに合わせた教育指導なんてのは昔は無かったが,それをしろと執行部からもきつく言われている。そしてこちらの胃には穴が開くことになる。こういった状況を一言で表現する先生もいる。子供なんだと。そうかもしれない。受験時や入学式はもちろん,卒業式にも親が来る。これも理由がわからない。大学での正式な入学式も卒業式も無かった世代だからだろうか。でも受験は楽しかったなぁ。東京周辺の受験生数名に対して担任が一人引率して(複数の使命を持っての出張だったと思うが)同じ宿で数日過ごした。修学旅行なんてのは無い高校だったから,受験が本当の修学旅行だった。呵呵。昼ごはんは宿では出なかったのか,近所の食堂に行った。100 円札を出してとても驚かれたことに驚いた。呵呵

2016年3月12日土曜日

東大生が選んだ役立った本

    教科書より役立った本の幼稚さを強調する記事がネットにあった。面白い。
    仙台で東北大以外の大学・専門学校の学生・生徒さんと会う機会があるが,彼らは「東北大の学生は頭がいい」と必ず言う。本当だろうか。ま,高校までの試験の成績は上位なことはありそうだが,頭がいい・頭の中の知識を使えるという観点からは,怪しい。論理的にものごとを説明できるかは疑問だね。そのある意味「頭のいい」頂点の大学の学生さんが幼稚であるという記事は目を引くのは当たり前だ。それをねらった記事でしかないとも言えないことは無い。某 TV 番組で料理をやらせて「とんでも結果」を笑うのとほぼ同じレベル。
    おっと,この「論理的」という言葉を東大学生も「なぜか」使うと上述の記事にはあった。僕もよく使うが,これはバルカン人とアンドロイドのデータ少佐の影響であって,決して大学で学んだことではない。

2016年3月6日日曜日

映画の邦題

    ボンド中佐以降,「スパイ」も「火星」も「泥棒」もあまり面白くないぞぉー。いくつかは邦題が元題とも関係が無くって中身とも違うような。昔の工夫とは違っていて,なんだかわからない題目になっちゃったような。次の期待は「独立記念日」かな?そうあって欲しいぞぉ!

2016年2月27日土曜日

自殺対策で責任を取らされる

    新聞によれば,自殺対策を自治体に義務化するとか。しかし,自殺ってのは突発的なもので,そんな個人の感情の機微までを周りが把握するのはかなり困難だ。それを義務化するということは,責任も取らされるということか。大学も,学生の自殺対策を義務化されるのであろうか。現場でどうしたらいいのだろう。ある経験談でも,本当に突然で訳もわからなかったと聞いたことがある。遺書のようなものが無い場合,自殺の原因って常に真実がわかるというのだろうか。

2016年2月20日土曜日

大学の責任と高校の責任

    本学工学部のある種の入試合格者(なんと11月末に決定する)は,高校卒業前に大学からの通信個別指導を受けることができる。他にも優遇措置があるが,この指導内容は,入学したあとの 1 年生のときに受講する数学や物理の演習問題を解くものである。まだ解き方も習ってないのにである。しかも,受験生の中には,それを楽しみにしている者がいる。あの Z 会の問題がすらすら解ける人たちなのだろうなぁ。すごいとしか言いようが無い。しかしである。通信指導は担当する准教授にとっては負担(余計な仕事)であるし,それが本当に大学が責任を持ってやるべきことなのか,僕には疑問だ。高校の校長ももっと真面目に考えて,卒業までは高校ですべての責任を取りますと言えないのだろうか。11 月末には入学が確定してしまった高校生の指導を,その高校がやらないのは手抜きだろう。責任を持って推薦したのであれば,卒業までの教育にも責任を持つべきではないのか。我が母校の高校では,こういったことを避けるために推薦入学に積極的ではなかったと思う。
    ところでプロ野球に行く高校球児達は卒業直前には高校で勉強しなくてもいいのだろうか。お正月前後からは何の疑問もなく TV には,新しくプロになる予定の高校球児達が出ている。と,学生さんに質問したところ,野球だけじゃないそうだ。うぅーむ。
    ま,入試については本学側の方針でもあるのだから僕が何を言っても仕方がないが,本学の考え方は実は「教養教育なんてどうでもいいから,使える知識だけを覚えさせて,効率的に研究をして成果を出す学生を生産したい」だけなのではないだろうか,と疑っているのは僕だけだろうか。

2016年2月13日土曜日

ある入学試験の面接で困ったこと

    僕だけがそう思っているのかもしれないが・・・
    面接で受験生(高校生)が使う言葉で気に入らないことがたくさんある。「貴校・貴学(うほ大)」「存じ上げ(知ら)」「うかがって(聞いて)」「させていただいた(した)」「拝見させていただき(見せてもらい)」「自分といたしましては(私は)」「お越しになって(来て)」・・・何故こんな,普段使いもしない言葉を使うのか理解できん。高校生が普段こんな言葉使うのかい。卒論発表の 4 年生にも使わせない言葉である。素直な直球で言いたいことを言えばいいのに。言いたいことがうまく表現できていないよ!何が言いたいのか素直にこちらの頭には入ってこない。実は,志望動機等を記した書類も敬語満載である。困ったものだ。
    と思って,本屋で面接についての漫画本を立ち読みすると,敬語を使えとある。ことの本質がわかってないのではないだろうか。
    何故こんな現象が起きているのか。審査が,発言の本質的な中身と質疑応答内容に基づいて行われているということが,受験生に伝わってないからだろう。それが当たり前なのに,その第一義のことに対処せず,言葉遣いや身形に気を使っても何にもならないとは思わないのだろうか。何をもって審査されているかという規準が曖昧だと思い込むことから,簡単に対処できる回りの事情でマイナス点をもらわないように過剰防衛をしているらしい。面接の準備をするまでの人生で一度でも「おっしゃった」とか「お話しになった」という表現を使ったことがありましたか? と質問したいところだ。丁寧語を使わなければならないのは,面接するこちら側である。せっかく我が校を選んで受験してくれた高校生ですからねぇ。同じ理由(確か後輩の先生が上のようなことを主張していた)で,卒業論文や修士論文の審査会で学生さんはスーツを着るらしい。くだらん。
    さて,その高校生。入学して 1 年もすると,教員に会釈もしないし,廊下は横に並んで歩くんだから・・・トホホ

2016年2月11日木曜日

論文や書類の修正依頼がおかしい

    論文査読に「ヤング率はおかしい,ヤング係数と書け」と来た。頭に来た。ヤング率はヤング率だ・・・と,まさかと思って道路橋示方書を見るとヤング係数とある。どうやら示方書教団の信者さんが査読したらしい。
    今度は学内だ。ヤング率の単位を Pa にしろと。Pa は圧力の単位だ。示方書教団の信者さんの場合は N/mm^2 である。ただし応力も同じ単位だ。しかしこれは素直だ。また行列の括弧をカギ括弧にせよときた。その理由は書かれてないから無視した上で理学部数学の友人に問うたら,面白い一文を得た。「数学的記号法に関する最高裁判所は存在しない」だ。他大学の先生に愚痴ったところ,どうやらこういった,どっちでもいいことを強要するのが流行っているようだ。困った。
    昨今の大学内外アンケートでも,ある種の結論を強要するような状況だ。研究のためのプロの教員からのアンケートでもよくあるが,回答の選択肢の中に選べる答が存在しない質問が多すぎる。「その他:自由記述」も無い。特にインターネットのアンケートには,最後に自由記述が無い可能性があるので,途中に一箇所でも特定の目的のための自由記述欄があったときには,とりあえずその目的にかかわらず,そこに,全体に対する文句や苦情も全部書き込んでおく。そうでないと,うっかり最後の問題を答えた途端に「ありがとうございました」で終わってしまうからだ。答を強要して,ある設定した結論に導こうとしているらしい。

2016年2月6日土曜日

ディスるは英語らしい

    ま,なんでもいいけどね。さて,respect は動詞も名詞もあるからいいけどね,最近の complete って何かわからんかったけど,どうやら動詞らしい。動詞を動詞で使うようになったのは,グローバリゼーションの成果かねぇ。いや,名詞として使っているのかな? まさか形容詞? ウゥーム。しかしねぇ,choice は名詞なのに動詞で使うんだよね。学生さんの英語による発表会で,まさに choice を choose の代わりに使っていた。指導教員は恥ずかしくないのかねぇ,練習したんだろうに・・・トホホ