2010年12月12日日曜日

フタヘヤスムスム

東北大学の理念の基礎の一つに「門戸開放主義」というのがある。元教養部には塀も門も無く,それを含む文系キャンパスでも工学部・理学部キャンパスでも,その真ん中を仙台市道が通っていて警察の車も自由に通行することができる。この市道で一旦停止を無視する車をつかまえるために,大学内のある道路では夜間,警察の車が停まっていたりする。それが,マルクス経済学が主流だった経済学部の目と鼻の先だ。これが本学の「門戸」開放主義だ! ・・・・・というのはもちろん嘘である。
さて,土木と建築以外の工学部学科ではあるとき,学士編入学の門戸を閉ざした。理由ははっきりとは覚えていないが,あまり筋のいいものではないように僕には聞こえた。建築には毎年のように受験者がいると聞く。土木には滅多にないのだが,僕の研究室には一人,理科教育系大学からの編入者があった。彼は最初,修士に入学して土木の仕事をしたいと相談に来たが,僕ともう一人の先輩先生で学部教育の重要さを説明し,絶対損にはならないから学士編入学した方がいいと説得した。その結果,編入学できて成績もよく,今は立派な土木系の地方公務員だ。
もう一つの理念の基礎は「研究第一主義」だが,特に本学工学研究科は産学云々というキーワードも漏れてくることからわかるように,大学ではなく専門学校にムニャムニャ・・・

2010年12月11日土曜日

トリビア

我が国にはあまりこういったデータベースが無いように思う。TV 番組があったが,さほどウィットに富んでいるものでもなかった。B 級(ま,ちょっとマニアックなという意味で)グルメとかに殺到するのに,種々の事項の裏にあるマニアックな情報を集めて仲間うちで楽しんだりはしない。米国には TV や映画等に関する著名なトリビア本がある。邦訳もされているが,例えば Mr. Bond の好きな飲みものとか,**という映画に出てくる警官のバッジの番号とか,超 B 級な情報が満載である。何の役にも立たないし,知っていても自慢にもならない。一部の人しか知らない。ネットの映画のデータベースにもそういうトリビアが羅列されている。僕が大好きな,世界一のミュージカル映画 `The Blues Brothers' も,例えば「無意味に壊した車の数の世界レコード保持(『無意味に』は僕が加筆)」とか,「主人公の運転免許証の番号がイリノイ州の規則に忠実である(?)こと」「領収書の住所は・・・」等である。映画館でこれに気付くことはほぼ不可能だろう。
日本人には余裕が無いのだろうか。あるいはこういう,最近呼ぶところの「ヲタク的」なものを嫌うのだろうか。実は裏にあるのは,例えば映画を製作する人がどのくらい「楽しく仕事をしているか」を表す指標なのではないかと思っている。上のような情報からは,映画を製作する人が連続徹夜で仕事をしながら一所懸命工夫して,「ふっふっふ,こんなところには誰も気付かないぞ」とほくそ笑んでいる姿が見えてくる。
インターネットがここまで普及する前,各種便利なソフトをフリーで公開配布する人がいたが,そのバイナリのファイルを無理やりエディタで覗くと,データエリアに「このソフトをダウンロードした人は・・・」といった落書きがされていたりした。添付の著作権ドキュメントにも「これはフリーで使えるが,使う前に東に向かって二回おじぎをして・・・」みたいなのもあった。僕も,LaTeX で使える外字を作るソフトを公開配布したことがあるが,画面のある箇所を押すと「マインスィーパー」になるようにした。
組版ソフトの TeX は米国数学会の商標でもあり,Elsevier への投稿もそのままできて校正不要になる等の便利でフリーのすばらしいものだ。これを作った人が出しているマニュアルの索引には有名な遊びがある。日本の出版社なら多分許さないだろう。僕は,ネット配布の講義ノートで真似をしている。仕事を楽しみながらやるという余裕は,我が国にはあまり無いのかもしれない。大学人くらいは遊びながら仕事をしたらいいのにね。

2010年12月5日日曜日

学生さんのご挨拶

最近は,学生さんは会釈すらしない。僕らが学生だったときは,習ったことのある先生と廊下ですれ違うときには会釈くらいはした。中には学生全員の名前を覚えておられる先生(土質の福岡先生)もいらっしゃって,学生の会釈に名前を付けて返してくださって驚いたものだ。僕は学生の顔と名前を覚えられない,が,会釈くらいしてくれればこちらも声を掛けて挨拶くらいはしますよ。高校のときの担任が還暦を迎えたときに,夏休みの高校のかつての教室で漢文の授業を卒業生で受けた。高校の廊下を歩いていると生徒(夏補習だ!)がみな会釈をするので驚いた。が,これが当たり前だったはず。ちなみに漢文の授業は「論語」についてだった。
さて,就職担当だったときにリクルートに来た OB が,挨拶もできない人は仕事もできない(我々は集団で協力しながら仕事をする)から,そういう学生は雇わない。いくら誤魔化しても,見学会や懇親会等ですぐボロが出るからわかるということだった。付焼刃ではだめということだったが,就職担当としては立場上学生に注意事項をアナウンスしなければならない。しかしメイル連絡をしてすぐに後悔した。というのも,そのアナウンスの直後から多くの学生が急に会釈をするようになったからだ。あぁーあ,面倒臭い・・・

2010年12月4日土曜日

英語を聞く・英語で話す考える

10/20 の朝日に鳥飼玖美子女史の英語教育へのコメントがあった。一部しか引用しないのは誤解を招くかもしれないが,敢えて「・・・、これまで企業人が外国に放り出されて何とか英語でやってこられたのは、読み書きの基礎力があったから・・・」とあった。短い文節にして(論文でも関係代名詞なんかは極力使わない!)文法通り話せば通じます。一番の問題点は聞く力。正しい発音を覚えてない(聞いたことない)からということと,頭の中では日本語で考えているということ,この二つを克服しないと英語での会話はできないだろう。ならば,何度も聞き直せばいい(時間稼ぎのためにも)ことであり,相手の癖にできるだけ早く慣れればいい。`Pardon↑'(シカゴ周辺の米国中西部なら `Excuse me↑')を恥ずかしがらずに使う。そうすればあとは文法通り話せるかどうか。特に相手がインテリであればこれでいい。冠詞もどうでもいい。ただし相手が子供だともういけません。
英語で考えるのは難しいとしても,発音は大事だ。「こ’ーひー」は `Coke' に聞こえるとよく言われる。「ばーぼん」ではビールが出てきたりする。空港から `E'vanston' の `O'rrington Hote'l' に行きたくて,「えヴぁ’んすとん」の「おり’んとんほ’てる」と指示すると,タクシー運転手は理解できない。でも,相手が大学教授なら大丈夫。そんなものだ。また,一息でどこまで口に出すかも大事かもしれない。日本語でも,九州地方の標準語の抑揚の無い文章は関東地方人には理解しにくい。大学に入ってすぐに吉祥寺の駅ビル地下で「ソフトクリームをください」が通じなかった。ソフトクリーム売り場でである。鳥飼女史は「・・・(冠詞のことを述べた上で)そのかわり日本人はもう少し丁寧に子音の連結や強弱のリズムをマスターしたほうが理解されやすくなる」と書いていた。努力はしましょう。
一方,英語で書く場合は大丈夫だと思う人は多いかもしれないが,これこそ論理が英語的でない場合には理解してもらえないからやっかいだ。英語校閲をお願いしている女史も,英語だけを直しても駄目なときにはすっごく疲れるとおっしゃる。論理構成が上から下へとストレートではない文章の場合だ。やはり英語は難しい。そもそも後ろから訳すことだけでもやめさせたら,英語への抵抗は減ると感じている。鳥飼女史の記事には,最近の英語教育は随分よくなっているとあったが,最近の学生の訳でも,いつもうしろからうしろからという人がほぼ 100% だ。関係代名詞や「to ~」もまず主文を訳してから続けることを教えてみたらどうかと思っている。僕のゼミではそうさせようと努力している。そうすると,少なくとも話すのは楽になってうまくなるのではないだろうか。とは素人の感想でした。

2010年11月28日日曜日

文科省公認就職予備校

新聞によると,地域の課題解決やインターンシップなどを通じて職業観を培い,卒業後の自立につなげる目的の事業助成に 30 億円を計上したらしい。学生の質と価値観の変化に対応した事業のように見えるかもしれないが,大学で? もう既に遅いのではないか。こんなもの仕分けせぃ! 他人のために,嫌なことを耐えて他人が喜ぶことを喜ぶということをもっと若いうちにやらないと間に合わないと思う。それができない人は大学教員くらいしか就職先は無い。呵呵。大学では,本当のインターンシップ,つまり,嫌なことを耐えてやることを知っていることが「前提」で,もっと仕事の本質を学んでもらわないと困る。学部学生の段階でこの前提が無いとなると,インターンシップはもはや,仕事の本質に少しでも触れる経験にはならない。
同じ記事に「就職活動を三ヶ月以内にできるような学生を育て」というのがあった。僕の専攻・学科では 3 年生と修士 1 年生の 11 月末くらいに 2 回,上級生からと教員・OB からの就職ガイダンスをする。二つの学年共に 2 月初旬までは授業と試験がある。企業は 12 月か 1 月あたりから学生に接触できるが,原則 2 月初旬以降に工場や現場の見学とか事実上の面接である懇親会等を実施し,3 月末までにはおおよその候補を絞り込んで 4 月から 5 月にかけて内々定がある。つまり,大学の指導と企業の自粛の連携によって,春休みを中心にした約三ヶ月の就職活動が実現している。たいていの学生はこれで内々定をして,その後,卒論や修論に取り組める。もし国家公務員および地方公務員の試験が 5 月の連休明けくらいまでに終わってくれれば,学生への負担はかなり減るのだが,夏休みまで続くので悩ましいところだ。結局夏学期の前半,研修に時間を十分に取ることができない学生が残ってしまう。
いずれにしても,30 億かける事業は本人の問題と大学企業の連携の問題ではないのか。これはもっと別のこと,子供とか福祉とか奨学金等に当てたらどうか。実際にうまくいっている業界があるのに,なんで役所が税金を無駄に当てないといけないのか理解できない。もしかして故意の仕分けられ枠?

2010年11月27日土曜日

大学は就職予備校か

新聞だったと思うが,大学入試の英語は TOEIC でやればいい,余計なくだらん英語を教えるな試験に出すなという意見を見たことがある。TOEIC は就職したら必要な資格だから,という論理だったように誤解したが,そこまで本音を言われると現場の教員としてはちと頭にくる。しかし,学部一年生へのアンケートで大学・学科を選んだ理由を聞くと,ほとんどすべてが「就職を考えて」となる。僕らの時代とは違う。大学は勉強をする所であって,就職先を探す場所ではなかったと思うのだが。ということで,一部のインテリと学生の立場からすると,大学はやはり就職予備校である。
しかし,きちんとした会社からは「即戦力を期待していない(期待なんかできない)」とも聞こえてくる。それはそうだろう。現場と理屈の間には深い谷がある。しかし理屈を身に付けていない人が現場で新しいアイデアを出すのは難しいというのも,そこそこ当たっているのではないか。
しかしですよ,こと英語に関しては,確かに学生のレベルは非常に低い。4 年生になって英語の論文や本を読むことになるが,訳は滅茶苦茶だ。僕が学生のときもそうだったから全く何も変わってない。その TOEIC で入試を代用すればいいと主張する人が推奨する中等教育を経れば,どんな論文でも読めるようになるのだろうか。疑問だ。
確か英語は論理的な記述に適した言語だ。英語の校閲をお願いしている女史によると,留学した先生の論文とそうでない先生の論文の英語は全く違うという。その,構造も含めて論理的な英語が苦手なのが大学生だ。つまりそれは,日本語のレポートでも論理が明確になっていないことを意味する。そんな人が TOEIC でいい点数を取ったとき,彼や彼女が書いた日本語の文章がわかり易くなる保証があるのだろうか。かなり疑問だ。面白いことに英語の論文執筆が得意な先生の日本語の論文・文章は僕には読み易い。ただし,多くの人には「くどい」らしい。ここあたりが英語論理表現と日本語表現の差かもしれない。
さて予備校にもどろう。東北大学では AO 入試をやっている。この面接員に OB を含めること(米国の丁寧な入試等の表面的な真似)に僕は反対したが極めて少数派だった。TOEIC の議論も同様だが,自分が受け持つことになる学生の審査で,別目的の試験や会社の立場の人を使うことには違和感しか覚えない。しかし上述のような学生の指向を見ると,こちらが本流なのかもしれない。大学は随分と変わってしまったなぁー。

2010年11月21日日曜日

肉食メインの教員コンパをしてくれぇ

大学生になって東に行ったとき,ちらし寿司に刺身がたくさん乗っているのに非常に驚いたことがある。子供のころから魚はほとんど食べなかったし,肉もそんなに好きではなかった。が,こんなに豚になってしまった。おっと・・・ちらし寿司ってのは錦糸玉子とか干瓢が乗ったもので,海産物はせいぜいエビくらいだった。刺身が好きなわけではなかったから,寿司屋ではちらし寿司を食べていたのだ。大学生になって一人暮らしをするようになってから魚を食べることができるようになった。ま,特に食べたいものではない。しかし教員コンパがあると魚介類がメインになる。職場に客が来ると寿司屋に行こうということになる。僕は半生のステーキが食べたいのだが。
ようやく最近になって,例のケンミンショーの中の発言で,魚の乗らないちらし寿司が西の文化だと知った。やはりそうだったのか。

2010年11月19日金曜日

みんなと一緒

B 級グルメのコンテストで上位になった店に客が行列を作るらしい。昨今の経済状態で提供する方ががんばるのは,ま,いいとしよう。しかし,そこに行列を作る客の気がしれない。行列ができたら,もはや B 級ではなく,単に不特定多数の客が集まる一級にはなれない味の店になるだけ。そして集まる客の舌が疑われるだけではないのか。あるいは逆にそこは A 級の味だったことになる。B 級を本当に好む人は多分,他人のあまり知らないそれなりの店が好きで,そこを B 級だと称しているのではないか。たとえ味が一級並だったとしても,あるいはその人だけの好みの味だったとしてもだ。そういう人は,だれもが行列を作る店を B 級とは思わないのではないだろうか。俺しか知らない美味しいものを出す店,それが B 級ではないのだろうか。
B 級映画ってのもある。`Resurrection' というアメリカ映画はもはや中古ビデオしか無いようだが,見たときは面白かった。ふふふ,これは誰も知らんでしょう? StarTrek Voyager 艦長役のケイト・マルグルーが,アーチェリの名手の母親役で子供の危機を救う映画も多分超 B 級だ。有料 TV で観たのではあるが,これもあまり知らんでしょう? これが,誰でも知ってたら僕にとってはもはや B 級ではなくなると思う。確かに,史上最高のミュージカルである「ブルース・ブラザーズ」は多くの人に愛されているとは思うが,本当に好きな人は(我が国では)少ないのではないか。やはり B 級映画だと思う。
一般人の中では,芥川也寸志氏を知っている人は意外に少ないという印象がある。指揮はとても下手なように見える。校歌をたくさん作っているが,有名な曲はあまり無いのではないかと思うが,トリプティクが好きだ。これも僕にとっては B 級の音楽である。

2010年11月14日日曜日

宮崎県は九州にあるか

地図上はそうだろう。僕は経済は全く苦手で興味も無いが,きっと,大分と宮崎は大阪の方を向いている瀬戸内経済圏にいるように見える。これに対して福岡を中心とする熊本・佐賀・長崎は九州の中心だろう。そして下関周辺の山口も福岡経済圏だろう。一方鹿児島は,ちょっと他とは一緒になりたくなく(独自・独特とも呼ぶが),でも福岡の方も向いているようでいて,直に飛行機で東京の隣にいるつもりかもしれない。そんなこともあり,また歴史的な経緯もあり,鹿児島と熊本が新幹線の車両名「みずほ」でもめるのも仕方がなさそうだ。
東北はどうか。誇張だろうが,大間の人は函館で散髪するという。がしかし,青森が北海道の方を向いているようには感じられない。きっと,ちょっと東京とは遠いが我慢(仙台を通過)してそちらを向いているのではないか。もうすぐ新幹線もつながるし。秋田・岩手・山形・福島はもう新幹線で東京とつながった(仙台は単なる通過駅だ)から,青森と同じく東京を向いているように感じる。宮城は,東北一というプライドを捨てきれないでいて,東京を向いてはいない振りをしたい。しかし他の 5 県にとっては宮城なんてどうでもいい存在だということには気付いていないか,気付かない振りをしているように感じる。仙台市商業中心部が鹿児島市のそれより格段に「活気」があるか(面積や人の数ではなくなんとなくの雰囲気)というと,僕にはそうは感じない。まして,同じ政令指定都市の博多とは比べ物にならない。
ときどき僕の周りでも「道州制」という言葉を聞く。こんなことを言っているのは地域に密着した文化を大事にしない人達なのではないかと感じる。誤解の無いように書いておくが,東京の土着の人はそれなりの「地方」文化を持っている。

2010年11月13日土曜日

佐賀は何県か

東北新幹線に「はやぶさ」が決まって,おもしろく思ってない人が九州にはたくさんいるだろう。しかも「はやぶさ」は投票の 7 位で,もちろん 1 位は「はつかり」である。誰もがそう思う。さてそのとばっちり (?) で大阪=鹿児島の新幹線が「みずほ」になり,鹿児島人はもっとおもしろくないらしいし,熊本は通過駅待遇が我慢ならんらしいし,あるいは「みずほ」は熊本で終点とでも言っているんだったかな? というコメントがテレビから聞こえてきた(『ながら』をしてたので)。ま,そんなローカルな紛争はともかく,「つばめ」と「さくら」は確保できたのに「はやぶさ」を失った。「さくら」は将来の長崎への延長を念頭に置くとキープしなければ。それが何故,一番大事な(失礼!)「はやぶさ」が? JR 東日本より格下の JR 九州では力関係から無理だったのだろうか。
通過駅といえば,東北新幹線の発展途上において大宮や上野が一時憂き目を見た。上野は今でもその影響が残っているのかもしれない。熊本はそのあたりを心配しているのかもしれないが,熊本は実質的に福岡とつながっていて(地理的にも経済的にも)共生している(少しは食い合っているだろうから)ようにも見える。これに対し,佐賀はどうなっているのだろう。九州人にとってもまさに通過エリアのように見えていないか。鳥栖のかしわ弁当は絶品だが・・・九州人以外の方には佐賀がどこにあるかご存知ない方も多いらしい。サッカーファンでも鳥栖は福岡だと思っているかもしれない。以前,学内の電子掲示板で「佐賀は福岡の属国」と書いたところ,すぐに強い! 反論があった。彼曰く「そんなことはない! 東半分だけがそうであって,西半分は長崎の属国である」と。
そうそう,「はやぶさ」が使えないなら,大阪までを「つばめ」にして九州島内は「有明」にしたらどうだろう。もちろん長崎からは「さくら」だけども。大分・宮崎? うぅーむ,そっちに新幹線は・・・むにゃむにゃ