2014年5月9日金曜日

どうしても留学

    ダブルディグリーではなくジョイントディグリーだそうだ。何が何でも「留学すること」=「グローバリゼーション対策」なんだろうなぁ。卒論の中身を打ち合わせしていて,日本語でもコミュニケーションがとれない昨今である。英語で最初からやれってことなのかもしれない。しかし,あれだけ非論理的な日本語表現しかできない学生さんが,論理的な英語を使うことで脳みそも改善されるとは,それほど容易には期待できない。
    こんな中途半端なことをするよりも,大学院は米国で! ってのはどうだろう。工学系学士は MS を取得しなければ就職できないとする。会社も英語が使える人材を欲しがっているようだね。そうすれば,日本での卒論のときにも英語が苦手でない学生さんが増えるというメリットもある。英語が苦手だと結局は就職できないんだから,大学入試の段階での英語の能力は必然的に上がるはずだ。呵呵。ジョイントディグリーで中途半端な知識だけを 5 年で得て学士をもらって 2 年の修士に進学するよりも,例えば修士を 3 年米国でやって,合計 7 年で学士・修士を得ていい企業に就職するっての方がいいんでは。
    ん,それじゃ就職できない? 7 月からの就活ってのはどうだろう。3 月に日本で学士をいただいて,半年英語の勉強をしながら,卒論をもう少しちゃんとやって,8 月に米国に行って修士を開始する。平均的には 3 年で修士を取得し,6 月末に帰国して,7 月から就職活動を開始して,翌年の 4 月入社を果たす。7 月からの半年で,修士論文をもう少しブラッシュアップできれば,元の日本の大学でも修士をいただける。ん,8 年かかる?

2014年5月4日日曜日

我々はこういう人種なんだろうか

    某製糸場とか某日本酒とか,そこに殺到するニュースには寂しい気持ちというか複雑である。阿呆かいな・・・というのが正直な気持ち・・・そこまで流行にすぐに乗りたいのだろうか。否,マスコミがそういうニュースを出しているだけなのだろうと,自らを慰めているところである。ひょっとして戦争にも・・・

2014年4月30日水曜日

よくわからない対応

    「捏造」といった言葉を法律的に捉えるのはその筋の人たちに任せればいいことで,そんな質問状に科学者本人(もし科学者なのだったら)が名前を連ねるべきではないのではないか。科学者がやらなければならないことはただ一つ,真実を示すことだけ。クチャクチャ言い続けるだけなら誰も信用しなくなるだけで,損するのは科学者本人なのだが。
    話は全く違うが,IE を使うなという。違うブラウザを使えという。巷の素人(例えば,僕が通っているジムの友人達)が IE を使わずにどうやって違うブラウザをインストールするのだろう。よくわからない。

2014年4月19日土曜日

実験ノート・計算ノート

    使うことが当たり前なのだが・・・特に,計算機が蔓延してから(いやもっと前からかな),学生さんがノートに書かなくなっている。特に昨年度の修士の学生さんは,僕に出すものすべてが LaTeX 出力だった。信じられない。手書きの方がはるかに楽で間違いが無いのに。ある計算を僕の手書きで渡してから間違いに気づく始末である。そのあとは手書きを注文したが・・・この学生さんの結果は信じて論文を書くことにはしているが・・・心配でしょうがない。
    さらに昨今は,何か学生さんが書いたとしても,ミスコピー等の裏紙。どうして? 僕は指導教員からそんなことは指導されなかった。校費で買った研究室のレポート用紙の使用を許可された。僕も以前は研究室でもそうしてきたが,この 10 年は面倒で何もやってない。したがって,裏紙・・・だ。また,ボールペンとは指定されていなかったが,研究室の研究上では消しゴムは使用禁止である。間違ったページには赤で斜線を入れるのは当然である。日付を入れるのも当然だ。言っておくが,実験ではない。計算である。斜線を入れておかないと,また同じ間違いを犯すからである。消しゴムは研究上では不要だろう。プログラムを作るのも,ノートが最初なはず。頭で考えて作ったコードは間違いだらけだろうなぁ・・・自分のことを棚にあげると・・・
    それが就職した途端,ペンとノートを持ち始めます。

2014年4月12日土曜日

論文コピペ

    そんなことはあり得ないはず。なぜなら,指導教員が目を通す,加筆修正をするからだ。博士の学生であっても,学位論文くらいまでは,段落ごとに数箇所以上は修正が入ると思う。だから,あり得るコピペは,その指導教員が以前に書いた論文のコピーのみだ。それでも数行は続かないだろう。質の低い論文を書くのは,研究室そのものが成立していないのではないか。その研究室の教員も学生も全員がコピペしているんだろう。とんでもない研究室である。そもそも博士の学生であっても完璧な文章を書けるはずがない。しかもその成果を公表する場合には,指導した教員の責任も発生する。
    最近いくつか社会人博士の論文を読むことがあった。著作権の認識が低い。また修士論文等でもかなり問題がある。他人の業績の引用が多すぎる。読んでない論文がリストにある(先日,森先生とお話ししたときにも,そのことが出たなぁ)。査読で回ってくる論文,特に社会人博士学生とおぼしき人の論文は非常に質が悪いし,論理が整ってないから中身が理解し難い(いや,僕の頭がパーなだけだった)。実は会社の技報のような文章がずらずら並んでいるだけ。指導教員は読まないのだろうか。僕に来た,その手の論文はすべて否になってしまいます。やってることはいいことなんだろうが,論文は駄目ってのが多すぎ!

2014年4月9日水曜日

信じられないマスコミ他

そもそもマスコミを信じることはできないのではありまするが,なぜ,一番簡単で確実な質問「**大学からの要請のネズミの・・・」をマスコミがしないのか理解できませんよねぇ。とはいえ,毎年毎年,学生さんの結果を信じて論文を書いているリスクは,本当に胃に穴があきそうではあるのだが。200 回以上の結果が出ているものが,テーマの違う PhD 論文の写真と取り違えられているのはどうしてでしょうねぇ。僕のようなチンピラとは言え,一応論文を書いて金をもらっている者として,論文を書いているときのこの方の心理は想像できないですね。うぅーむ,そうかぁ。普通の(チンピラが運用しているようなくだらん)研究現場で起こる事象からはかけ離れているということは,やっぱり***研究所というのはノーベル賞級のすごいことをやっているんだろうなぁー。

2014年4月6日日曜日

再履修

    米国でもできるんですね。repeat classes というのだそうです。しかし,成績証明書には最初の成績と一緒に出たり,GPA には考慮しなかったり。そりゃそうでしょう。日本の大学は甘いんだな。卒業が容易ではないという教員もいるようだが,確実に日本の大学は卒業は楽でしょう。僕のように線形代数が不可(後期)でも卒業できる。呵呵。
    さて,GPA の導入については本学工学部は積極的だったと思ったのだが,大学本部がそれを推進しようとした途端,それに反対するんだとか。なんでも,その GPA の使い方・運用の仕方が悪いんだとか。工学部では,再履修で変更できるべきと主張しているとか。なんじゃそりゃ。どうも,工学部は甘いんではないだろうかと思うねぇ。
    が,そういう枝葉末節はともかく,日本の大学のように退学勧告が事実上できないシステムに GPA を導入しても,結局は何も変わらないだけなのに,そういう本質には目をつぶっている大学の体制は全く理解できませんねぇ。困ったものです。GPA が C でも卒業できるんだったら,導入しないのと全く同じです。それがわからんのかねぇ。

2014年3月30日日曜日

人前で食べること

    大学生協食堂内です。学生さんはともかく秘書さんたち(おっと,ちょっと前まで学生さんだったのかな)にも,足を組んでお食事中である。品が無いねぇ。学生さんは,平らな皿を左手に持って口まで運びますよ。どうなってるんでしょうねぇ。
    と,昨今の TV を眺めていると,レポーター(タレントではなく TV 会社の)も品が無いねぇ。ナイフもフォークもきちんと使えない。職業柄,単に人前で食べているわけではないですよねぇ。不特定多数の,多くの異なる価値観を持つ人に「見せる」ための姿勢が下品なのです。どうしたんでしょうねぇ。食べているものもまずく見えています。

2014年3月25日火曜日

地下水バイパス

あそこに井戸を掘って汲み上げて,山からの地下水が汲み上がり始めたあとしばらくしたら,今度は海側の汚染された地下水が山側にある井戸側に戻り始めて,アージャパーってことにならないのだろうか,とは,水理学の単位をギリギリしか取れなかった者の空想ではある。だいたい,地盤なんて訳のわからない材料中の,見えない水の流れ・流速を,どの程度の精度で把握しているんでしょうね。理論的には難しそう。コンクリート屋さん達のように実験しかないかぁ。土木学会誌に何か書いてありましたっけ。読んでないのでわからん。

2014年3月22日土曜日

論文の書き方をどう教えるか

    *日新聞の投稿欄で誰かがその必要性を説いていた。僕は教えている。60 分だけだが,本多氏の名著(本多氏自身のことはさておいて)を説明している。この最初の 100 ページを読むだけで,日本語で書く科学論文はとても良くなるからだ。教職員の助成金申請書の A4 半分程度の文章でも,きちんと書いてあるのは 20% くらいではないだろうか。今年度は業務として若手の数種類の申請書案を読ませてもらったが,ほぼ 100% 駄目だ。LaTeX で書けば,魂=本文(本学工学部のある先生の常套句)が込められるのだが,ワードプロセサだといい文章は書けない。手書きの方が多分もっとよくなる,という話はさておいて・・・
    本多氏の著書にもあるが,小学校から高校までの国語で「文章の書き方」は教えてくれない。論理的な文章をいくら読んでも,自己流だけではうまくならない。昨今はそれを英語にしろという無茶な要求まで加わっている。学生さんや若手教員の英語の口頭発表は意味がわかりにくい。動詞と名詞がごちゃまぜ,生半可の海外経験だと不要な常套句が挿入される。You know. とか I mean. だ。4-letter words でないだけましだが。教員会議(もちろん日本語)でも,わかりにくい発言も多い。それを学科長が聞いてきて学科で披露すると,もっとわかりにくくなっている。なぜだろう。