2017年4月2日日曜日

年金生活者

    金曜で職場を去りました。が,留学希望者から相次いでメイルが来た。しかも 1M 以上ものデータ付きだ。大昔留学した際は,お願いしたい先生の論文をいくつか眺めてから頼んだものだが,昨今の留学希望者は僕の論文を読んだとは思えないくらい,僕がやっていない分野での研究を希望してくる。読んだ者もいたが,単に論文題目からキーワードを並べているだけで,ひどいのは「平面ひずみにも興味があります」だった。何じゃそりゃ?
    さて,去るに際して準備を早くからやってきたつもりだったが,31 日夕方帰宅したあとやはりポカが二つ見つかった。もっとあるかもしれない。また,手続きはきちんと済んでいるのかよくわからない。健康保険は大丈夫,年金もやった,住所変更もやった。区役所の異動手続きは明日やろう。あと何かなかっただろうか。
    これから一週間は元の任地にいるが,水族館と動物園と牛タンとが予定である。他に何をしようか。だが,この二日間はこまごましたものの荷造りに費やしている。大物は早めにやっていたが,辞める直前にご挨拶にいらっしゃった方々からいろいろな記念品をいただいたこともあって,ちょっと途方に暮れていた。仕事上での支援はしたが,個人的な支援はほとんどやっていないにもかかわらず,いろいろな方がご挨拶にお越しになった。かなり照れくさい日々が続いてしまった。メイルで「さよなら」だけでいいのに,友人に聞くと,どうやら僕の考え方の方がおかしいらしい。さて,今後何をしましょうかねぇ。講義ノートもほぼ一段落したしねぇ。実家はスペースが無いから鉄道模型で遊ぶこともできないし。下手の写真撮影くらいかなぁ。

2017年3月25日土曜日

学術会議の決定

    軍事研究の禁止は当然だ。前にも書いたが,防衛省がテーマ提示する研究に応募するのは禁止してもいいだろう。防衛省も,研究者からの提案テーマへの科学研究支援をすればいいだけだ。その成果を踏まえて,あとは軍や防衛大学校がやればいい研究だろう。さて学術会議,決定したのはいいが,例えば米国の先生との共同研究の場合にその米国の研究費が米国陸軍や NASA からだったときは共同できないのだろうか。学術会議の決定はそういうことだ。ポスドクで米国に呼ばれた場合の研究費(渡航費や滞在費等を含む)が米国空軍等からだったら行けないということだろうか。学術会議の決定はそういうことだ。これは困っただろうなぁ。

2017年3月20日月曜日

大学の IT 対応の現状

    退職したあとの身分証が欲しいかどうかの問い合わせが来た。在職しているメンバーの身分証はこの春から IC チップ化されるので写真データをアップロードさせられたばかりである。辞めるからそんな写真データ要らないだろうと思ったが必要だと事務に言われ,作業はしておいた。そしてこの退職後身分証の問い合わせである。申請用紙に写真を貼れとあるのである。在職か否かで IC チップ化が異なるのだろうか。面倒なので要らないと回答した。大学における各種問い合わせは,縦割りなこともあって,何度も似たようなものがくるが,すぐにはその区別がわからないものもあって「これ先週出したよね?」と問うと,どうもそうではないらしいということがある。また同時に二箇所から問い合わせがある申請書には,同じ質問が並んでいたりする。年度末の学生の成績報告について,特に卒業する学生については事務が早めの作業をしたいのは理解できる。随分前は紙での報告だったが,IT 化されたあと,その締め切りが当然延びると思ったら大きな間違いで,さらに締め切りが早くなった。情報処理について人間より機械の方が時間が必要なのだろう。一体どういう情報化文化が大学内では展開されているのでしょうねぇ。

2017年3月11日土曜日

スカラシップは支給

    「米国の奨学金は基本支給。貸付はローン」という名称だけのマスコミ発信は,我が国の奨学金制度を批判するための情報だが,少々いい加減ではないのか。つまり,この米国の奨学金はスカラシップを指しているからだ。じゃ,そのスカラシップはどのくらいの人数がもらえるのか。調べてないが経験から判断すると微々たるものだ。だからほとんどの学生はローンである。つまり,日本も米国も「奨学金=ローン」は貸付なのである。米国でもローンを返せない学生は多いと聞く。土木系もいわゆるスカラシップ(支給)はせいぜい年に 2~3 人くらいの枠しかない。いい加減な情報で奨学金担当機関を非難するのはやめるべきだろうなぁ。

2017年2月23日木曜日

知的財産権

    まだ週末ではないが・・・かつて,標記に関する科目を提供すべきと最初に提案した学科の某教授とその部下が著者として,学部の同窓会誌にある工学部共通行事についての報告を投稿している。ここ数年毎年である。しかし,彼らは最初の数行を書いただけであり,その他の 2 ページ分は他人(各学科の担当者)の文章である。今回我が学科分の執筆を僕が担当したので,ま,僕からの批判(嫌味)の意図は伝わるだろうなぁと(甘かった!),自分の文章の最後に「文責:何某」と書いておいた。しかし完全に無視されていた。建前ばっかりで,うるさいばかりで,実は何も考えていない理屈ばかりの輩なのだろう。

2017年2月18日土曜日

トホホ・・・小学校の英語教育は必要

    朝*新聞の新指導要領案の記事にある例文。`I'm a Big Wolf.Gulp' と `Zzz.What a big snore' だ。このトホホな記者には再教育が必要だ。単語の頭文字が大文字で,ピリオドの次に空白が無いし,どちらも最後にピリオドすら無い。これは昨今の学生のほとんどが同じことをする。どうせまた,筆記体は教えないんだろうなぁ。でも小学校から `Gulp, Zzz, snore' かぃ? こんな英語を教えるのかぁ。`This is a pen.' よりマシってことか? つまり口語ってことか? やはり,どっちにしてもトホホかもしれない。

2017年2月12日日曜日

米軍からの研究資金

    ようやく新聞に出た。まるでスクープみたいだったが,誰でも知っていることだ。配っている組織にいる友人から聞くと,東北大学は積極的なんだそうだ。著名な尊敬する大先生もおっしゃっているが,軍事と全く無関係な工学研究はそれほどあるとは思えない。その基礎のところは常識を超えたアイデアが必要だから大学人は興味がある。軍は直接はそういった基礎研究はできないから,基礎研究をサポートして,その中の 100 個のうちの一つでも,何かしら現場(軍のである)で役立ちそうなものを得たいわけだ。前にも書いたと思うが,僕が米国のある先生に支援してもらったときの研究費は軍であり,その研究題目は `On composites' だ。何をやってもいいわけだ。そのとき,僕以外にも複数の日本人がポスドク対応で訪問していた。
    と,ここで,今この件を問題視している人に聞きたいのだが,米国の先生と共同研究をするときに相手の資金源が軍だとやっちゃいけないのだろうか。また米国の先生のところにポスドクで行く場合,やはりその資金源が軍だと行ってはいけないのだろうか。PhD の奨学金を軍からもらった学生は日本の大学では雇用してはいけないのだろうか。
    が,我が国の軍のやり方はやはりおかしいのである。テーマを軍が決めること自体がまずいわけだ。懐が小さい(つまり金が無いということだが)からだろうか。

2017年1月29日日曜日

自己都合退職

    所属する大学では,正式な定年 63 歳での「自己都合」退職と,それを延長した 65 歳での「定年」退職とに違いがある。僕は前者で,来る 3 月で退職する。もう能力が無いままい続けるのに限界を感じて逃げるわけだ。呵呵。先日,退職教授の送別会の案内がメイルで来たが,退職予定教授のリストに,確かに僕の名前は無かった。が,しかし,2 月からは毎週のように宴会が続きそうだ。プールのおじさんおばさん達が,最後の最後 3/28 に送別会兼親睦会を開いてくれることになっていて,楽しみにしているところだ。仙台に 33 年いたことになり,人生で一番長く滞在した街になったが,大学とアパートと駅前・商店街の周辺くらいしか地理を知らないままだ。4 月になったら,水族館・動物園(アパートから数分)等をめぐってから鹿児島に帰ろう。

2017年1月22日日曜日

また邦題が違ってる

    今回の `the accountant' は,そこそこいけてたんではないか。主要メンバーが途中からずっと出ないのが結末をある程度予測(あの件はどうなっているんだろうという「いずい」心がずっと続く・・・)させてしまうが,2 時間を楽しむには十分だったように感じた。ま,敬老料金 1,100円の価値はあったかも。ただ,ちょっとハッピーエンド過ぎかもしれないなぁ。最近は,主要メンバーの大切な人がたいてい途中で死ぬんですよね。

2017年1月21日土曜日

センター試験問題の良否

    今まであまり気にしてなかったが,今年の成績平均表が新聞に出ていた。平均が 60 点未満なのが,国語・世界史A・日本史A・地理A・倫理・数学I・化学基礎・化学・地学・英語リスニングだ。
    中学・高校と歴史も政治・経済も学年最下位だった(平均取れなかったという生易しいレベルではないぞ! ほぼ零点だったという)僕に言えたことではないが,この結果は,A) 問題が悪い(出した問題の六割程度は身につけていて欲しいという考えには基づいていない悪問)か,B) 生徒のレベルがかなり低いか,のいずれかだろう。普通の人達は B) だと思っているかもしれないが,もしかしたら A) ではないだろうか。もう問題は手元に無いからわからないが,リスニングだけはちと変な問題だと感じた,と以前書いた。
    もし A) なら作題者を再教育する必要がある。というのも,この試験結果が大学に入学する上で何ら参考にならないからである。本人の能力とは無関係に,変な問題・奇問・悪問を出して点数が悪いだけだからだ。そして,このままなら「資格試験」にもならない。もし B) なら,やはりこの試験を「資格試験」として捉えるべきだということになる。どうせこの点数で予備校による大学の(無意味な)序列化が公開されてしまっているし,「資格試験」にすることのどこが悪いのだろう。センター試験成績を見ながら大学を決めるというのは本末転倒でしかない。難しいところにチャレンジする。駅弁大学であってもやりたい研究をしている教員がいる大学を選択する。それでいいはずだ。
    「資格試験」にした場合は,指定した科目合計の平均が 60 点以上なら一般入試を受けることができるとすればいい。どうせ,センター試験成績と一般入試成績との相関はほとんど無いからだ。